2018/08/01

Rud. Ley Maschinenfabrik Arnstadt ①

ブーツメーカーを始めた16年前から少しずつ準備を進めてきた木釘でレザーソールを固定するShoe Pegging Machineについて

日本では知られる事も無いまま戦争の影響で1947年に会社は閉鎖されていますが、そのシンプルな機能はもちろんデザイン、ピンスト、ロゴなど工業製品として独創的だったメーカーRud. Ley
1885年 Rud. Ley(Rudolf Ley)は靴のアッパーとアウトソールを止め付けるペース打ち機(Pegging Machine)を製造
1893年 電気工学を学んだAlfred Leyは父親の会社に入社
1901年7月 Rudolf Ley61歳で亡くなる
1903年 Alfred Leyはペース打ち機に加え当時最も先進的な工業製品だった自動車の開発に挑戦する
1905年 Adlerの協力によりエンジンパーツを開発しLoreleyのプロトタイプを完成させる

1906年 Alfred LeyはDürkopp、Adler、Opel、Stoewerらと共にベルリンで開催された自動車展示会で成功を収める
1921年製 Ley's Geräuschlose Type K

1922年 Paul Jarayの協力により世界初のストリームライン型自動車Ley T6を発表

1923年 Paul Jarayのティアドロップ型のレース車Stromlinien-Wagenを発表

Rud. LeyのShoe Pegging Machineは、当時最先端の工業製品だった自動車の分野で世界中に影響を与えたエンジニアが進化させた完成度の高い機械でした
1929年製 Ley's Geräuschlose Type K-1

Alfred Ley、Rudolf Ley、Villa Ley Arnstadt 、Paul JarayやAdolf Hitler stole the idea for the iconic Volkswagenで調べると詳しく書かれています
1933年 自動車生産中止
1945年 9月 Alfred Ley72歳の時にソ連の将校の指令により連れ去られたまま戻らず
1947年 会社を閉鎖
Alfred Ley氏はドイツ自動車技術のパイオニアとして貢献されました
今回このブログ内で使用した資料はAlfred Ley氏の御子孫をはじめ関係者の許可の元使用しております
転載されないようお願い致します

Rud. Ley Maschinenfabrik Arnstadt ②へ続く